俺はどこにでも行ける。

昔、20代前半に乗ってたんですよ、HONDA FUSIONに。
よくある青春のバイクっていうやつです。

生産終了後にビックスクーターブームが来たことで、当時FUSIONの人気が物凄くて、中国製の偽物が流通するくらいで、ヤマハのマジェスティなんか目じゃないくらいカッコいいスクーターでした。TWなんかと並んで当時のファッションアイコン的な存在だったと思う。

バイト先の友達が乗ってたやつを、15万で譲ってもらった時はうれしかったなぁ。その彼はFUSIONからXLRに乗り換えていた。私はHONDAのXL125R(SじゃなくてRだからプロリンクのモノショックのタイプ)というちょい古い赤いオフ車をカスタムして乗っていて、それなりに気に入ってはいたが、高速乗れないし、タンクの蓋に鍵がついてなくてガソリン盗まれて何度もガス欠になったりとか、ナンバーがピンクなのがやっぱりダサいな、みたいな感じで、なんで125を買ったんだろう…みたいなことになっていたのだ。

譲ってもらったのは2型のFUSIONで、明るいシルバーがいかにもダサカッコよかった。アクセルを捻るとドルルっと滑らかに加速して、アッという間に80キロ出るし、二人乗りしても快適だしで、いう事なし。ほとんどノーメンテでも、壊れる様子など全くなく毎日乗り回していた。このバイクに乗れば、俺はどこにでも行ける。そんな気持ちにさせてくれるバイクだった。

当時は、夢も希望もないクソ大学生で、人生に特に展望もないままバイトばっかりしていた。思えば当時から長時間労働は特に苦じゃなかった。いくつかのバイトを掛け持ちして、夜勤とかもしていたし。仕事をして稼ぐことは好きだった。

そんな大学生も4年になり、現実を見ないといけない時が来る。当時は就職氷河期真っただ中、企業も就活にリクナビを活用しだしたところで、インターネットで企業にエントリーするみたいなこともこの頃から本格的に普及しはじめていた。
当時は超氷河期のうえに3流大学だしで、まともな企業に入るみたいなことは最初から現実的じゃなかった。いま思えば、とにかく不勉強で企業のことも世の中のことも全然知らない、偏差値以上に意識が低く、頭の中は中学生くらいのままだった。

4年生の春まで、教職免許を取るために教育実習に行ったりして現実逃避していたのだが、教育実習も終わり、夏が終わる頃になって現実が目の前に迫ってきたので、一応就活イベントにスーツを着て行ったりした。いまでも忘れもしないパシフィコ横浜。

ちゃんとした学生は春から夏前には内定をもらっていて、夏から秋にかけては、ダメ学生とダメ企業しか残っていないから当然なのだが、どこも知らない会社ばっかりで、シロアリ駆除の会社とか、派遣会社が派遣社員を募集しているみたいなとことか、自分が底辺の大学生だってことを差し置いても、ここはいてはいけない場所だと心底思ったのを覚えている。

その中で、唯一知っている会社があった。幼児玩具メーカーのコンビ。当時のバイト先のひとつがおもちゃ屋だったので、知っていたのもあるし、そもそもそのバイト先を選んだ理由もできればおもちゃ業界(なんだよ、その業界)に就職できたらいいかな、みたいな気持ちから選んだ。

そのコンビのブースで担当者から話しを聞いた時の衝撃が凄かった。あからさまに嫌な態度をされ、ひどく軽く扱われたのだ。いや、当時の就活はそんなもんだと思う。でも、当時はやっぱり衝撃だった。勉強不足はあったが、一応おもちゃ屋で2年くらいバイトしていて、この業界については普通の学生よりは知識があるつもりだったが、そもそもの偏差値が足りなかったようだ。

商品企画の仕事がしてみたいです。

確か、そんなことを言ったと思う。それに対してその担当者は一言、 呆れた様子で吐き捨てるように言った。 企画の仕事は美術系の大学か専門学校でも出ないと無理ですよ。と。この不勉強で身の程知らずの学生はなに言ってんだろうってことで、逆の立場で今考えると全然理解できるし、話しを聞いてもらえるだけでラッキーだったはずである。企業側からすれば、就職活動に苦戦している優秀な学生を拾えたらラッキーみたいなことで出展してたんだろうけど、ハズレが来たみたいな。お互いにアンラッキーな出会いである。

ただ、当時の自分はその時にこの世の中の現実を受け止めきれず、パシフィコ横浜を飛び出した。あからさまに差別され、区別され、蔑んだ目で見られる。バイトの経験なんてもんは、なんの価値もなく評価もされない。

このままではダメだ、自分は手に職を付けなければいけないと。誰にもバカにされずに生きるためにはそれしかないと心底思った。

この出来事はひとつの転機になって、この後、Webデザイナーを志していくことが今に繋がっていくのだが、それはまた別の機会に書くとして、話しをFUSIONに戻そう。そう、最近また乗り始めたんです、FUSIONに。正確にはHELIXというアメリカ版のFUSIONで、当時からキャンディレッドのHELIXには憧れがあったので、つい出来心で。1986年製のヴィンテージスクーターだ。

例のごとくヤフオクで極上という触れ込みの相場からしたらかなり高い金額で購入したのだが、外装こそキレイだったが、中身はボロボロで修理やらメンテやらで20万かかって、正直とんでもなく後悔しているのだが、買ってしまったものは仕方ない。

でも、乗ったら乗ったで、穏やかなバイクでさすがに名車である。
加速すると、昔と変わらずドルルっと滑らかに加速してくれる。さすがに20年前みたいに、どこにでも行けそうな気持ちにはならないけれど、お前、もうちょいやれるんじゃねーか?くらいの気持ちにはさせてくれる。20年振りに青春のバイクに乗るみたいなことも、意外に悪くない。

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